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いわゆる一つのリハビリ。
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「とても憂鬱なんだよ。」

開口一番に男はそんな事を言い放った。その言葉が鼓膜に触れるか否か、気配だけで背後の相手を判断した静雄は振り向き様に切れのいい回し蹴りを繰り出した。過去スカウトを受けたというお墨付きの長い足は、抽象的に言えばそれこそ風どころではなく空間さえ切り裂くような勢いで男、折原臨也へ迫った。
が、そんな事など百も承知とばかりに男は不気味な笑みを絶やさぬ侭軽やかに其れを避けてみせる。元々二三歩下がれば避けられる位置を想定して話しかけてきたのだろう。何処までも卑怯で己の癇に尽く触れてくれる男だと静雄は煙草を噛み締める。舌に広がる苦味など脳裏を占める怒りによって完全に麻痺していた。

「あは、それ苦そう。」
「何しにきやがった害虫野郎。」
「害虫か、随分な言い方だねぇ。ノミって直接的な名詞を使われるより幾分か聞こえはマシなんだけど、どちらにせよ意味は同じだし何よりゴキブリと一緒に一括りにされるなんて幾ら寛容な俺でも流石に良い気分ではないかな。」

今の一蹴りで隣を通行していた男女が見事風圧だけで吹っ飛ばされたというのに、当然の事ながら臨也は怯むどころかより挑発的な態度でもって彼に言葉を返す。勿論、平和島静雄がそんな煩わしい言葉の羅列を大人しく聞いている訳もなく、彼が全てを言い終えるまでに道路標識が2本程犠牲になったことは言うまでもない。
無様にひしゃげ、最早唯の鉄パイプと化して転がっているそれを臨也は軽く足で小突いた。
そして再び冒頭の台詞を無感情に繰り返す。憂鬱だ、君を見ていると実に憂鬱だと。

「明日には夢のゴールデンウィークも明けちゃうって言うのに、君はどうしてまだ生きているんだろう。」
「全てにおいて意味がわからねぇ。だから死ね。さっさと死ね。」
「こんな街中で物騒なこと言うの止めてくれないかな。」

自分の事は棚に上げて男はやれやれこれだから君は、と首を振る。明らかな侮蔑を含むその仕草・・・・がなくともとっくに怒りの臨界点など突破している静雄は躊躇う事無く彼へと何度も何度も威力が衰えることのない拳を振り下ろす。
それら全て決して掠らぬ保険の利いた絶妙な距離でもって臨也はかわし続けた。
間近に迫る青筋の浮いた顔に見下すような笑みを向け、男は尚も、機械的に繰り返すのだ。口角が浮いた表情では一切説得力がないというのに。

「憂鬱だ。頭が痛い。吐き気もする。」
「なら死ね、今死ね。殺してやるよ。」
「あぁ、気が滅入り過ぎて此の侭シズちゃんをばらばらにして五体不満足のまま腐っていく死体を君の家族に直送してやりたいくらいさ。勿論クール宅急便なんて高い送料払う気ないし、ダンボールにお座成りに入れて送ってあげる。」
「殺す殺す殺す殺す・・・・」
「会話も出来ないの。これだから知能を持たないゴジラ君は嫌いなんだよ。」

やはり己のことは棚に挙げ、臨也は軽く鼻を鳴らしてみせた。
どれだけの時間が過ぎていたのか、気付けば外れの路地裏へと入り込んでいた二人だったが、静雄の猛攻撃は尚も緩みはしない。血走った双方の目はただ目の前の敵しか捉えておらず、此処に辿り着くまでにどれだけの人間やら公共物が犠牲になったかなどということは静雄にとってどうでもいいことに他ならなかった。
折原臨也の完全なる且つ無様な死。それが今最も彼が渇望する唯一つの願いだ。

そんな鑿と同等の男はというと先程から意味の判らないお得意の屁理屈を並び立てているようで。
当然外界をシャットアウトしている静雄の耳にそれら全てが毛ほども入るわけもないのだが、相手にとっては聞いてもらいたいから言葉にしているのではなく、自分が「言いたいから」態々言葉にしているだけであって、会話だなんだと抗議しているようだが、当人が聞いていようが聞いていまいが結局の所はどうでもいいのだ。
元より答える気など毛頭ないのだが、そういった臨也のひねくれた性分を理解しているからというのも一つの理由ではあった。
そんな静雄に向けて、全て判っているだろうに男はしつこく言葉を押し付け続ける。それは既に独り言といっても間違いではないだろう。彼の「会話」に他者は要らない。

「5月病って一種のうつ病なんだよね。君がこの休み中に死んでくれない所為で俺が気を病んで明けの仕事に支障が出来たらどうしてくれるんだい。」

言い切る寸前のところでコンクリートの砕けた音が響く。日常生活でまず聞くことのないそんな破壊音は、路地から漏れる事なく中で反響し、静かに消えてい。確かな意図をもってやがて沈黙が辺りを包んだ。
背後の冷たい壁の感覚と間隣2cmのところへ突き立てられた鉄の棒。所謂絶体絶命に他ならない状況であるが、やはりその張り付いた笑みが崩れることはない。静雄を化物だと常日頃から人外扱いしている臨也であるが、この状況下で恐怖どころか高揚感にも近い感情を持て余しているところを見る限り、そんな彼も十分に人の道から外れている。ぶれることのない赤黒い両目は見る人間によっては爬虫類の鋭さを思い出させた。
その鋭利な瞳を更に細くして彼は抑えきれない笑い声を漏らす。

「黙れって?くく、そう言いたいのかい。何だ、存外話が通じてるじゃないか。聞こえないふりするなんて人間みたいな真似よしなよ。」

余りにもモラルを踏み躙った言い様に静雄の脳はいっそ臨界など越えて冷静になっていた。
どうやって首の骨を出来るだけ痛みを残して圧し折ってやれるか、どうやって力を込めれば内臓が的確に潰れてくれるか、どうやって蹴り上げれば奴の舌を噛み切らせてやることができるか。
表面上こそ青筋も消え、普段の静雄といっていい静けさが取り戻されているが、思考の全てはどれもこれもおよそ冷静とは言いがたい酷く残虐な拷問計画の数々だ。
そんなことを思案していた一瞬の隙をつかれて、臨也は彼の脇を抜けて反対側へと移動した。ハッとしたときは既に遅し、首元へ突き立てられたナイフが異様に冷たかった。

「絶対的有利な立場に立った時にこそ気を引き締めるべきなのに、悲しいかな、それを疎かにしてしまう辺り認めたくないけど君も等しく人ということなのかなシズちゃん。」
「てめぇ・・・・。」

びきびき、と再び彼の額に、眉間に、深い皺が刻まれていく。それをみたところでやはり臨也に焦りの色はない。
この刃物が脅迫の意味を成さないなんてこともとっくに判っているのだ。皮一枚剥ぐのにどれだけ力を込めなければいけないか、それは今までの経験で嫌でも理解せざるを得ない。だが憎らしいことにそんな彼でも何度か小突いてやれば血を流すのだ、怪我なんてものを作ってやることができるのだ。
これで血の一滴も流れないサイボーグ野郎だったのならどれだけ良かったか。中途半端に人間であるがゆえに自分はこんなにも悩まなければいけない。
殺めることに大きな抵抗があるわけでもないのだが、やはり殺めるのであればどうでもいいものがいい。人は駄目だ、愛しいものは駄目だ。だからこそ、化物であれば躊躇もないのに。

憂鬱だ。なんでこんな男が俺の愛する人間なんだろう、頭がいたい。
何度目かもわからぬ言葉は胸の内に沈むように消えていった。
そしてやはりモラルなんてものは糞だと吐き捨てるように彼は言葉を紡ぐ。

「正直愛する人間を殺すっていうのは俺的に凄く罪悪感を覚えるからさ、シズちゃんは化物ってことにしておいてよ、ね。」

そうすれば今此処で君を殺したって心置きなく自分は明日を迎えられるんだ。


end.
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